森本 敏ほか ウクライナ戦争と激変する国際秩序

ウクライナ戦争と激変する国際秩序 | 森本 敏, 秋田 浩之, 小泉 悠, 高橋 杉雄, 倉井 高志, 小谷 哲男, 長島 純, 水無月 嘉人, 小山 堅, 佐藤 丙午, 小原 凡司 |本 | 通販 | Amazon

デザインもええな……。

本の感想は読書メーターに書いてブログにあんま書かないんだけど、今回だけは書こうと思った。理由は下記。

あれ……?お前ら……?

読み終わったから感想をいつも通り読者メーターに投稿したら、私が一番乗りだった。

『ウクライナ戦争と激変する国際秩序』|感想・レビュー - 読書メーター

そりゃあ発売からまだ半月ちょいだからなあ、と思いAmazonの感想欄を見るもレビューなし。イマドキのインターネットオタクはTwitterだね!と思って検索するといくつか出てきてちょっと安心。だけど正直少なくないか……?

 

いや研究者が書いた税込み3000円して約400Pある本だから当たり前って冷静になれば思うんだけど、ネット上では大人気じゃないか?ウクライナの戦争。

 

Twitterでは別に探さないでもやれロシア軍がああだ、ウクライナの反撃がどうだといっぱい流れてくる。Youtubeにあるテレビ局のニュースでもウクライナ関連だけ突出して再生回数が多かったりする。

 

だからみんなこの問題に興味を持っていて、しかもTwitterYoutubeやテレビでよく見る先生たちが書いた本ってなればみんなこぞって買いに走って読み終わった今頃大盛況だと思ったのね。

 

もしかしたらこの素晴らしい内容を世間が知らないだけかもしれない。開戦から9か月たって、解説本もいろんな種類のものが出ているし。そこで少しだけ各章のあらすじでもネットの海に流そうと思ったわけ。無論感想の範囲で。はじめにとおわりには割愛。

 

第1章 概観 森本敏

森本さんというと民間初の防衛大臣になった人ということで知っていた。画期的だよな。

 

タイトル通り概観で、詳細はのちの章に譲るというスタンス。戦争によって巻き起こった国際秩序の動揺や侵略戦争開始の背景、戦争の経過。経済や中国/アメリカ/NATO/日本への影響。読み返して気が付いたが、食糧安全保障と戦争犯罪についてはこの概観でしか触れられていない。

 

他の章にも言えるが、執筆時期の制約で7月くらいまでの情勢を元に書かれている。

いちばん出色なのが日本の安全保障について。この先日本がどうすべきか具体的に述べられている。GDP2%比まで防衛力増強は今でも言われていることだが、他の細部でもこの方向に進んでいくのか注視が必要だろう。

 

第2章 プーチン大統領の戦略 小泉悠

まーネットで人気の方です。私もこの方の言い回しなど好きだし、本書にも登場する。

タイトルは「プーチン」とつくが「ロシア」と読み替えてしまって問題なさそうだ。ただでさえ超大国の座から滑り落ちたロシアがこの戦争を通じてますます弱まっていくだろう、ただしそれでも大国であることに違いないといった内容。

 

日本にいるとロシア国民はプーチンを引きずり降ろさないのか?とおもうが、ロシアにおけるプーチンに対する支持は厚く、プーチンにとってかわれそうな人物もプーチンのような人物。宮廷革命は「プーチンのいないプーチン・システム」が続くだけなど示唆に富んだ内容と言える。

 

第3章 戦局の展開と戦場における「相互作用」高橋杉雄

この方もテレビの露出が多い。サッカーもめちゃくちゃ好きなんだなって伝わってくる。記事まででとる……。*1

本を読もう、そう改めて思った。

*1:防衛省防衛研究所・高橋杉雄のW杯戦略論。森保ジャパン「番狂わせの条件」は? - スポーツ - ニュース|週プレNEWS (shueisha.co.jp)))

 

執筆時点までの戦場の展開がメイン。半年前の話となると記憶も薄れてくるし、何より当時は今以上に雑多な情報がネットやテレビにあふれていた。専門家の目で整理されているのは大変にありがたい。

 

ロシアの軍事行動の目的はウクライナの社会を破壊することで降伏に追い込むこと、という指摘はここ2か月程度のミサイルによるインフラ破壊にも表れているだろう。

よく「高価なミサイル兵器を軍事目標でない都市に、それも散発的に打ち込んでも効果ないだろ笑」といった言説を目にするが、軍隊ではなく社会全体を相手としているならば説明がつく。いや、もちろん民間人を目標にするなど決して許されることではないのだが。

 

第4章 ウクライナの戦争指導 倉井高志

前2章はどちらかと言えばロシアに焦点を当てていた。こちらはウクライナに焦点をあてたもの。戦争指導といっても前史であるクリミア併合~の社会/軍事の改革からスタート。現在ウクライナが戦えているのは2014年からの準備の積み重ねがあったからこそだなと思える。

 

よくロシアの軍隊は上意下達で細かい指示がないと動けない、その点ウクライナNATO型の現場指揮官が目標に対して最善の判断をしているから強いといった内容も、この時期からの準備があってこそだ。

 

サイバー戦争についても記載アリ。どちらの側も民間と協力した「IT軍」と呼べるものを持っており攻防を繰り広げているとのこと。この分野は新しいため民間の協力が必要だが、日本ではどのくらい進んでいるのだろうか……。

 

第5章 バイデン政権とウクライナ侵略 小谷哲男

この方もちょいちょいテレビ等に出ている。ここからは直接交戦していない周辺国絡みの章となっている。世界大戦につながりかねない武力介入には慎重だが、米国中心の国際秩序維持に向けて影響力を振るうという難しい立ち振る舞いをしていることが改めてわかる。

 

政権を握った直後の方針である「いちばん強大な敵は中国、ロシアは混乱を引き起こす国」という方針が戦闘勃発後も変わっていないことも重要であろう。

本書でアメリカの方針を大きく変える可能性があるとされた中間選挙は終わり、思った以上に共和党の、そしてトランプの影響力は伸びなかった。今後もウクライナを支援し続けるアメリカの姿勢は変わらない……と思いきや少しずつ停戦の話も出ている。

 

第6章 NATOはロシアの侵攻にどう対応したか 長島純 

アメリカの次はNATO。本書に限れば欧州と言い換えても良いと思う。NATOの役割がロシアに対抗する軍事同盟に回帰しつつあり、特に加盟国+ウクライナの政治的・軍事的結合が強まっているという趣旨。新たな分野であるサイバー空間/宇宙空間についても脅威への対抗が模索されているとのこと。さらに加盟国だけでなく、日本のような民主主義の価値観を共有する国との連携を強めていく、日本に応じて連携してくべきと占める。

 

ロシアがばらばらだった欧州をひとつに結び付けたみたいな、どこかで見た抽象的な話は具体的な取り組みになっているようだ。

 

第7章 ウクライナ戦争に伴う経済制裁 水無月嘉人(仮名)

 唯一の仮名。このペンネームでググってもこの本くらいしか出てこない。

経済制裁といってもロシアとのすべての交わりを一気に断ったわけではなく、影響を考慮しながら段階的に進められているということが分かった。経済制裁というと輸出入停止がいちばんイメージ強かったが、「アメリカのドル建て決済禁止」が極めて強力とのことだった。

 

また国連安保理が機能不全になっても、同志国の間で速やかに、細かく連携して強調した制裁ができていること、共通の認識を得られたのも成果の一つとしている。

 

第8章 ウクライナ危機で激変する国際エネルギー情勢 小山 堅

これから寒い冬になっていく中で、非交戦国の国民にとって影響が大きいのがエネルギー分野であろう。

 

よく言われているようにロシア産エネルギーが欧州や日本に与える影響は極めて大きい。各国が現在ロシア産エネルギー依存脱却を推し進めるのが「戦略目標」となっているとのこと。言い換えれば現在は産出国であるロシアの影響が極めて大ということだ。

第一次石油危機と似ているという。エネルギーを握るアラブ諸国によって各国のイスラエル政策は揺さぶられ、イスラエル政策の変更を余儀なくされた。今回のケースも同様に、産エネルギー国であるロシアにウクライナ政策の転換をさせられないようにする必要があるとのこと。が、それが難しい理由も本書に記載されている。

 

ネットでは「ロシア産エネルギーは制裁に参加しない中印が買っているものの、買いたたかれて赤字だ」みたいな文言もみるが、エネルギー価格そのものが上昇した結果割引しても今まで以上に収入を得ているとのこと。

本書のなかでいちばんロシア有利、西側不利な内容でありここから協調が崩れるのではないか心配になった。

 

第9章 日本、中ロとの2正面対立の時代に 秋田浩之

日経新聞のコメンテーター。ウクライナ戦争で激変する国際情勢の中、日本は今までよりはるかに円滑にウクライナ支援、ロシア制裁を行えていると評価する。

 

安倍元首相の時にクリミア併合が起きたが、日本は制裁に及び腰で同盟国アメリカから批判を浴びた。平和条約交渉/北方領土交渉がある以上、どうしてもある程度の友好が必要だったためだが、努力むなしく煙に巻かれて終わった。そうしたロシアへの失望が円滑な対ロ制裁につながったとのこと。あとインド太平洋の安定を保つために必須とも。

戦後の対ロ外交は完全に振り出しに戻ったどころか敵対関係に入ってしまった、しかも中国までいるという危機に対して、直接の戦闘力の強化だけでは足りない。政府首脳/自衛隊首脳/現場自治体の強化が求められるといった締め。

 

私も思った以上に今回のウクライナ支援/対ロ制裁はスムーズだったなと思った。プーチン政権になってから北方領土は返す気がないのに「返すかもよ?」といった思わせぶりな態度に振り回されていた日本にとって、逆にいい機会だったと思っている。

 

第10章 ウクライナ戦争と核問題 佐藤丙午

本書でいちばん難解だったのは本章。

核兵器の問題は概念的な部分が多くややこしい。感想を書こうとしても全くまとまらない。また、核兵器だけでなく原子力発電所攻撃についての記載もあった。

 

君の目で確かめてほしい。いやほんと正直、核を使うか使わないかは指導層の気持ちの捉え方次第って感じもした。西側諸国はなるべく相手に核を使わせないために、侵略戦争起こすような70歳の気持ちを推しはからないといけないんだよな……。

 

第11章 ウクライナ戦争と中ロ関係、中台関係 小原凡司

笹川平和財団の方。

中ロは反米反NATOで結束はできるが、目指す世界が異なる。中国は洋の東西をアメリカと分け合うような二大国を夢見ているが、ロシアはいくつかの地域を代表する大国が並ぶ体制を目指しているとのこと。

 

軍事演習など中ロが接近していることは確かだが、お互いが積極的になったのはクリミア以後で実は日がそれほど立っていないうえ、結局中国がロシアに武器支援等行わないことからも中ロ軍事同盟とまではいかない認識。

そして中国による台湾軍事侵攻があるのかという点。かつてないほど侵攻の危険は上がっていると言われている一方、本書によると意外にも中国は慎重になるのではという見方。今回のウクライナ戦争によって、国際社会の結束/ハイブリット戦は効果が未知数/世論統制のむずかしさを中国が感じ取っているためと説く。また、075型強襲揚陸艦の建造が3隻で止まっていることもある。民間の大型船は輸送はできても敵前上陸は不可だろうとのこと。

 

アメリカの対中政策にも触れられている。アメリカも中国もインド太平洋地域を味方につけるべく奔走しているといった状況。米ASEAN首脳会議や最近発足したインド太平洋経済枠組み(IPEF)など。他にも日米豪印戦略対話(QUAD)や米英豪安全保障協力(AUKUS)などアメリカが如何に対中を意識して、インド太平洋を固めようとしているのかがわかる。

 

座談会 ロシアのウクライナ軍事侵略と国際秩序 

執筆者のうち多数で開かれた座談会。5月29日開催とのこと。話題にあげられていることは本書の内容に沿っている。いちばん発言者が多いのが、やはりこの先日本はどうしていくべきかという点。最初に発言した森本氏はやはり簡潔で明快だった。

 

おしまい

当たり前だし、みんな言葉ではいうんだけどTwitterをはじめとしたネット関連のものって速報性はあっても分析等は大変見劣りする。それは専門家発信のものであっても同じで、ニュースに接した感想を気軽に書き込む人もいるから。

 

専門家の人はそっから本腰を入れて分析して、本であったり有料のWebメディアに書くんだけど、受け取る側の人たちはアップデートしないんだよな。((あとみんな戦争は好きだけど勉強は嫌いなので……。